経営コラム

「企業事例」や「経営者インタビュー」など、日々の経営にお役立ていただけるヒントをお届けします。

その他×
新時代で変わる 地方創生と中小企業経営

コロナ禍によって日本経済は猛烈かつ急速な縮小を経験した。

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サービス・IT×
“オフライン”が クリエイティビティを生み出す

求人メディアや組織診断ツールなどで躍進するアトラエ。2003年の設立から13年目でマザーズ上場、さらにその2年後に東証一部に上場と、着実に成長を続けている。成長の源泉となっているのがエンゲージメント(愛着心や信頼等)の高さと自律分散型の組織運営スタイル。そんな同社が新型コロナウイルスによってどのような影響を受けたのか。また今後、日本企業の変革の方向性や働き方はどう変化するのか、代表取締役CEOの新居佳英氏に伺った。※本記事は7月2日の取材をもとに作成

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その他×
後継者が明らかにすべき「マニフェスト」とは

親子承継だからこその“ 悩み”や“ 煩わしさ”というものがある。それらは周囲には見えにくく、同時にナイーブな問題である。そのため第三者にも相談できず、後継者は一人で抱えてしまいがちになる。本連載では、自身、二代目後継者である著者が、体験したり、見聞した後継者の悩みや失敗をエピソードとして紹介。そこから親子承継において、子が抱えやすい“ 悩み”の本質を解明しその対処法を提示していく。

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製造×後継者による事業革新「くず餅一筋」だからこそ 生まれた可能性
兆(きざし)を読んだ戦略が 未来を切り拓く

亀戸天神(東京都江東区)のすぐそばに本店を構える株式会社船橋屋は、215年の歴史を持つ老舗くず餅屋である。明治維新、関東大震災、第二次世界大戦と数々の激動の歴史を乗り越えてきた同社は、今回のコロナ禍においても、老舗ならではの手堅さと大胆さで、さらなる成長の可能性を探ろうとしている。アフターコロナの時代に向けてどのような戦略とビジョンをもっているのか。暖簾を守りつつも、様々な改革によって業績を大きく伸ばしてきた代表取締役社長の渡辺雅司氏に話を聞いた。

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その他×強い組織づくり
アフターコロナを見据えた「人材確保力」強化のあり方

新型コロナウイルスの影響による景気の悪化は深刻さを増している。内閣府・財務 省の調査では、今年1~3月期から4~6月期にかけて、企業の景況感を示す指数が急激に悪化し、特に中堅・中小企業の景況感はリーマンショック後の2009年1~3月期を下回る深刻な水準となった。

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製造×強い組織づくり
繰り返される”想定外”に強い組織をつくる

「現状を表すとすれば『疾風に勁草を知る』ではないか」。富士フイルム古森会長の言葉ですが、まさに「我が意を得たり」。これは「激しい風が吹いてはじめて丈夫な草が見分けられる」との意味で、新型コロナウイルス感染症の流行のような苦難があってはじめて社会の中で何が強いのか、どの組織が強いのかがわかるということです。

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小売・流通×後継者による事業革新
ぬくもりの波紋を ファミリーから外へ広げていこう

静岡県浜松市北区三ヶ日町。日照時間が長く、温暖な気候でみかんがよく育つ浜名湖畔に、祖父の代から80 年以上続く養蜂場の店舗がある。人口およそ1万5000 人のまちにあるその店には、年間約35 万人が訪れ、さまざまな種類の蜂蜜や、蜂蜜で甘みをつけたジャム、お菓子などの加工品を買っていく。製品の味もさることながら、常に笑顔で生き生きと働く従業員の姿は印象的だ。ぬくもりと笑顔溢れる蜂蜜専門店の、活気溢れる社内の秘訣はどこにあるのか、現在三代目として同社を率いる長坂養蜂場の長坂善人社長にお話を伺った。

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製造×後継者による事業革新
社員の一人ひとりが 「ものづくりのプロ」の組織に

当社は1967年、父である柴垣道義が鉄工所の下請けとして創業し、71年に柴垣製作所として独立しました。現在は、空調機、消音機、キューピクル、非常用発電の燃料タンクなどの大型精密板金を製造販売しています。創業時に作っていたのは配電盤のみでしたが、お客様から「こういった商品はできないか」と問い合わせを受ける度に、対応範囲を広げてきました。

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製造×後継者による事業革新
「思い出に残る」商品づくりで新市場を創出する

佐賀県小城市に本社を置く友桝飲料は、1902年創業の老舗飲料メーカー。「こどもびいる」や「地サイダー」に代表されるソフトドリンクの商品化サポート事業を主軸に、年間約150種類の新商品を開発、ヒット商品を続々と生み出し成長を遂げた。大手寡占化が進む飲料業界において、クリエイティブな発想を活かして躍進する友桝飲料。25歳の若さで四代目を継承し、独自の路線で事業拡大を続ける友田社長に、事業継承をきっかけにイノベーションを為しとげた経緯をうかがった。

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建築・建設・工事×後継者による事業革新
権限委譲と若手育成で挑戦する組織へ

1979年に設立された株式会社サンワカンパニーは、住宅設備機器や建築資材の企画開発・輸入・販売で業績を伸ばしてきた企業。2000年には他社に先駆けて、ネット通販に乗り出し成功を収める。建材をネットで売るなど誰も考えなかった時代に、創業者・山根幸治氏は販売方法を大胆に変えることで、売り上げを伸ばした。二代目を承継した山根太郎氏は先代が築いた基盤の上で更なる改革を行い、業績を急伸に導いた。業界の慣習を打ち破ることにより成功を収めていった過程を詳しく取材した。

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製造×後継者による事業革新
「小売店の親切さ」×ITで業績アップ仲間の企業とともに地域を盛り上げたい

当社は1950年、祖父である東治一が、商店街の一角に手芸材料の小売店として開業したのが始まりです。現在小売店舗「アズマ手芸」、ネット販売の「AZ︱NET手芸」を経営しています。売上高の9割がネット事業によるものです。扱う商品は、口金、ボタン、ファスナーなどの袋物・服飾材料、ぬいぐるみの目玉や鼻などのパーツ、手芸やアクセサリーのキットなど、1万点以上です。顧客は、ハンドメイドを趣味とする30代~50代の女性が中心ですが、アイロンで貼れる洋服の補修布、裾上げ用の接着テープなどを買う男性もいます。私は大学卒業後、金融関連企業に就職しました。

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製造×後継者による事業革新
利益は経営理念を達成するための手段である

1921年(大正10年)創業の島田株式会社は、来年創業100周年を迎える老舗企業である。家具や内装材料の販売を手がけており、これまで一度も赤字を出したことがない。その安定した組織の基盤になっているのが、経営理念「ハリーズ」である。四代目社長・島田博史氏が策定したこの理念は、取引先だけでなく地域からも厚い信頼を得るきっかけとなり、結果として売り上げ倍増をもたらすこととなった。

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建築・建設・工事×後継者による事業革新
「家づくり」から「人生相談」まで住む人を30年後まで見守りたい

当社は2001年に父が興した会社です。父が亡くなって長男の私が後を継いだ10年、「大工小林」と社名を改称し、17年に法人設立しました。もともと父は大工として、地元の工務店に30年勤めていました。子どもは私を含む3人息子で、父の背中を見て育つうち、自然と大工に憧れるようになりました。長男の私は工業高校を卒業後、豊橋で6年間大工修業をし、次男は高専を卒業後に東京のゼネコンに就職、三男も工業高校を卒業後に岐阜に3年間大工修業に出ました。私の修業が終わるころ、次男も地元の愛知に戻り、三男も修業を終えました。そこで父が工務店から独立し、個人事業主として01年に「小林建築」を設立したのです。父が棟梁、息子3人が大工として働き始めました。最初は元請けの仕事はほとんどなく、父が働いていた工務店から大工工事を頼まれたり、その他のつながりで地元工務店からの仕事を受注するなど、下請けやリフォームが中心でした。父は、「真面目に一生懸命やれば仕事がある」という考えでしたが、実際の経営状態は決して順調ではありませんでした。

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サービス・IT×後継者による事業革新
「お試し」社長が断行した意識改革が会社を救った

ファミリービジネスの創業家に生まれた子でも、後継者候補として認められにくい場合がある。「社長の娘」も、そうした存在といえる。特に「きつい・汚い・危険」の頭文字から「3K」などと言われた業界では、女子は後継ぎになるのはもとより、家業に入ることもあまり期待されていないことが少なくない。そうした家業をあえて「娘」が継ぐことは、非常に大きな変革のきっかけとなり得る。産業廃棄物処理会社の石坂産業もその一例だ。二代目の石坂典子氏に、改革を成し遂げられた理由と経緯についてうかがった。

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製造×後継者による事業革新
OEMで培った知識と技術力で自社ブランドのヒット作を目指す

当社は1948年創業。奈良県で70年以上の歴史のある会社で、靴下の生産量日本一を誇ります。現在、日本の衣料業界は、海外からの輸入が増えていますが、靴下においても90 %が海外からの輸入です。以前は中国からの輸入が多かったのですが、その後、タイやベトナムなどの東南アジアに移り、現在はバングラデシュやパキスタンなど、さらに人件費が安い途上国に移りつつあります。日本国内では、付加価値の高い商品を生産するメーカーだけが生き残っています。

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製造×後継者による事業革新
成長を続けるナンバーツーが改革を後押しした

八代目の当主・渡辺雅司氏による大胆な改革により、ピーク時には新卒1 万7000 人もの応募者が殺到する人気企業となった老舗くず餅店、株式会社船橋屋。その改革の大きな力となったのは、ナンバーツーと呼ばれる佐藤恭子氏の存在だった。佐藤氏はいかにして見いだされ、右腕としての役割を果たすようになったのか。渡辺氏と佐藤氏の両名からお話をうかがった。

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サービス・IT×後継者による事業革新
あらゆる「困った」を解決し、顧客に選ばれる会社に

当社は2009年創業。軽トラックを主体として物流サービスを行っています。運送、倉庫管理、入出庫、荷物一次預かりなど、配送に関するトータルサービスをしており、現在扱っている荷物は、26種類51品目です。私は高校卒業後、同業他社に勤めていました。しかしリーマンショックで仕事が激減。勢いのある会社でしたが、存続が難しくなりました。そんな時、「お前が新しい会社をやるならついて行く」と仲間に言われ、8人の共同体として当社を立ち上げることにしました。すぐに法人化をし、代表に就任。現在は従業員が9名。外注の専属ドライバーが4名。他にもアルバイトを雇い、全部で20名近くの会社です。

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製造×後継者による事業革新
「守る」と「変える」相反するベクトルを両立させる

山本海苔店は江戸時代創業の老舗。長寿の秘訣は、「海苔文化を守り続ける」経営姿勢にある。その経営姿勢と収益性をどう両立させるかーー。この課題に立ち向かうのは、将来、七代目山本德治郎を襲名することが期待されている山本貴大専務取締役。様々な壁に突き当たり、乗り越える過程の中で、後継者としての「覚悟」はより深まっていくのであった。

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サービス・IT×後継者による事業革新
地域の医療と健康を支える「薬のスペシャリスト」を目指す

当社は、1950年、現在の諫早市多良見町に薬剤師の祖父が開局した諸岡薬局が始まりです。65年に祖母が会社を引き継ぎ、薬種商販売業に業態を変更しました。その後、75年に父が引き継ぎ、93年に現在の喜々津駅前に店舗を移転。98年に法人化しました。現在は、常駐の薬剤師と調剤室を設ける必要のある「薬局」を4店舗、常駐薬剤師が不要な「薬店」を1店舗経営しています。薬店はドラッグストアと同様に日用雑貨も販売しています。調剤薬局は、近隣にある医院の患者層によって、客層が大きく異なります。内科は60代から90代までのご高齢の方が中心、小児科は、お子さんと20~30代を中心とした若い親御さんが中心となります。婦人科は当然女性の方ばかりですが、耳鼻科や皮膚科の患者さんは、年齢や性別を問わずいらっしゃいます。そこで、店舗ごとに少しずつ取りそろえる市販薬や商品も変えています。

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製造×後継者による事業革新
顧客の信頼に応え、顧客から選ばれる企業に

かまぼこ店として創業後、かまぼこの生産を自動化する機械の発明を機に食品加工機メーカーとして成長してきたヤナギヤ。特に、カニカマ製造機の世界シェアは70%で20 カ国に輸出され、他社を寄せ付けない優位性を持つ。現在は豆腐や海苔の加工機械、化粧品や医薬品分野にも進出し、着々と実績をあげる。同社三代目の代表取締役社長、柳屋芳雄氏に話を聞いた。

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